ある大都市の自治体の清掃の部署の方が、「うちは大都市で、一人暮らしの若者が多いでしょ。だから、ごみの分別を徹底させるのは無理ですよ」と言っていた。
東京や大阪などの清掃の部署の方々も同じようなことを言っていたという話を聞いたことがある。
本誌編集部の筆者は若干20代の、いわゆる“若者”だが、果たして、本当に“無理”なのだろうか。
この「リサイクルの文化論」では、その問題解決の糸口を探っていく。
今回、第1回は、概論として、その考え方と概略について述べていきたいと思う。
1.若者に協力してもらうには
高年齢の方々や主婦のみなさんの環境問題、特に、ごみ問題に関する意識は、各自治体の方々の熱心な取り組みで、かなり変わってきたようだ。ボランティア団体をつくったり、町内会で活動をしたりと、かなり、積極的に取り組んでおられる方々が増えてきている。
このような主婦の方々などは、昼間、ご家庭にいらっしゃることが多いので、例えば、自治体の方々がごみ分別のための説明会を催したりすることなどによって、協力してもらうよう求めることができる。
しかし、若者は昼間、家にはいない。夜も、遊んでいたり、仕事だったり、バイトだったりと帰宅時間が遅いことが多い。休日もほとんど家にはいない。
自治体の方々も、ごみの分別についてでさえ、説明したくても、できないというのが現状のようだ。
しかし、ごみ問題において、重要なのは、これからの世代を担う、10代、20代の若者たちの協力であり、意識の向上である。
では、直接、話をすることができない若者たちに、どのように協力をしてもらうか、意識を向上させるにはどうすればよいのか。
よく、ポスターをつくって、公共の場や駅などに貼ったり、テレビでコマーシャルを流したりするが、従来までのこのような手段は、気にしている人にとっては、目にとまるかもしれないが、気にしていない人にとっては、ほとんど目に入っていないはずである。ポスターをつくったり、コマーシャルを流したりする、このようなプランには膨大な予算がかかる、のにである。
2.オピニオンリーダー論について
マーケティングの分野の中に、“オピニオンリーダー論”という考え方がある。
これは、ある世代、ある地域には必ず、“カッコいい”という意味で、多くの人たちに影響を与える人がいる、その人が何かをしただけで、周りの人たちが“カッコいい”と思い、真似をする、この“カッコいい”人のことをオピニオンリーダーという。
オピニオンリーダーは何をしても“カッコいい”。その人が何かをするだけで、ささいなものでも流行するのである。
その理論を使って、成功し、一つのライフスタイルを確立させた好例が、ソニーのヘッドフォンステレオ「ウォークマン」だろう。
従来までの考え方は、ヘッドフォンを使って音楽を聴くのは部屋の中、という概念が定着していた。それを外で、しかも、歩きながら、耳にヘッドフォンをして音楽を聴くということは、今でこそ、日常的で普通のことだが、1970年代後半としては、容易に受け入れられる状況ではなかった。
では、どうやって、その状況を打破したか。
今でもそうだが、当時も、若者たちは原宿に集まっていた。1970年代後半といえば、いわゆる“竹の子族”が全盛の頃で、何かを流行らそうと思えば、当然、数百人が集まっている彼らに目をつける。
が、ソニーは違った。原宿から青山にかけての、いわゆる、表参道を歩いているような、トラッドでカジュアルな大学生に目をつけた。彼らに「ウォークマン」を渡し、ヘッドフォンをして、街を歩いてもらったのだ。彼らは当時の若者たちにとっては、“おしゃれ”で“カッコいい”存在、オピニオンリーダーだったのだ。
“竹の子族”が1980年代に入り、間もなく消えていったことを思えば、あの当時、彼らに「ウォークマン」を渡していたら、「ウォークマン」はすぐに時代遅れのものとなり、“ダサい”ものとしてみられ、今ではもう存在しなかったかもしれない。
オピニオンリーダーとは、表面からみると目立ってはいないが、裏で確実に影響を与える人たちのことなのである。
彼らの生活を綴った田中康夫の「なんとなくクリスタル」が、間もなく直木賞を受賞し、1980年代の若者のライフスタイルを決定付けた。
このことにより、ヘッドフォンをして、歩きながら音楽を聴くことは“カッコいい”こととなり、それを原宿を訪れた多くの若者たちが真似をして、流行らせていった。流行はそのうち、定着し、生活の一部となった。
「ウォークマン」がなかったら、今の音楽業界の繁栄、またはカラオケの文化的定着はなかったかもしれない。
3.キーワードは“カッコいい”と“カワいい”
今でも、若者の心をとらえるオピニオンリーダーと呼ばれる人たちは存在する。
東京では、原宿や渋谷、代官山や下北沢など、多地域に渡っているところが、一昔前とはちがうところだが、基本的には、いつの時代もこういう人たちは“いる”。
情報伝達の速度が急激に加速している今では、彼らの発信した情報はアッという間に、北海道から沖縄まで、日本全国に広がる。現在、渋谷を歩いている女のコと、鹿児島や北海道の女のコのファッションは全く変わりがない。
これには、雑誌の影響も大きい。従来の若者の読む雑誌はファッション誌、音楽誌などに分かれていたが、今では、ライフスタイルを提案する雑誌が定着している。
その雑誌の中でも、オピニオンリーダーが読む、オピニオンリーダー的雑誌がある。「スタジオヴォイス」や「H」、「オリーブ」や「キューティ」などは、その代表といえる。
音楽の世界でも、街のオピニオンリーダーたちが真似をするオピニオンリーダーの中のオピニオンリーダーがいる。今なら、女のコなら、やはり、安室奈美恵とCHARAだろう。この2人の女のコのファッション、ライフスタイルは何百万人という若者に影響を与え、必ず真似をされ、流行する。
さらに、安室奈美恵は小室哲哉が、CHARAは小林武史という、音楽業界のみならず、社会的にも大きく注目されている二大プロデューサーが仕掛け人として存在していることも見逃せない。
これが若者を取り巻く状況であり、基本的には昔から変わっていない。
今のオピニオンリーダーが注目するキーワードは“カッコいい”と“カワいい”である。どんなものであっても、“カッコよくて”、“カワい”ければ、それが生活の一部となり、ライフスタイルとなる。
例えば、10年~20年前のスニーカー、いくらボロボロで、はきつぶされていても、スニーカーショップでは、5万円~30万円という値段がついている。おそらく、当時は、3,000円~1万円ぐらいだったものが、である。
ボロボロのスニーカーであっても、彼らにとっては“カッコいい”し、“カワいい”のである。
それでは、誰がこの“カッコいい”と“カワいい”のイメージをつくったかというと、それが街のオピニオンリーダーたちなのである。
ちなみに、このオピニオンリーダーたちは、ごみ減量に少なからずとも貢献している。なぜなら、今の若者は自分のはいたスニーカーを絶対に捨てない。10年後、20年後、このスニーカーが、買った時の値段の10倍~100倍になることを知っているからだ。
このような現象を引き起こしているのは、スニーカーだけではない。ジーンズや時計、Tシャツやトレーナーにいたるまで、ファッションアイテム全般に渡って、このような現象は起きている。
フリーマーケットが全国各地で定着し、古着店が、原宿、渋谷を中心にあふれているのは、その証拠だ。
みんな、古いものを求めているのだ。
さらに、ヨーロッパをはじめとした海外では当たり前のことだが、粗大ごみとなると、処理が困難な家具類でも、“カッコいい”、“カワいい”といわれると、これは“粗大ごみ”ではなく、“アンティーク家具”となる。ごみとして捨てられるものが、何十万、何百万円という価値がつく。
やっと、日本も最近になって、ようやく、アンティーク家具が定着してきた。新品を買うにしても、多少、値段が高くても、いいものを購入すれば、数十年後、必ず価値が上がるはずだ。
20年ぐらい前に流行したウルトラマンや仮面ライダーのビニール人形。当時は一体、300円ぐらいだったものが、今では数万円、もしくは数十万円というものもあるほどだ。これらは、プラスチック製品なので、ごみとなると厄介ものだが、価値がつくと、いわゆる“お宝”となる。
4.オピニオンリーダーの中のオピニオンリーダー
さらに、今まで述べてきた、ほとんど全ての現象にかかわってきたオピニオンリーダーがいる。DJであり、音楽家でもある、藤原ヒロシという人物だ。
彼は、彼自身が文化そのものであり、彼が今の東京の、いや、日本の文化基盤そのものをつくってきたといっても過言ではない。
実際、この10年間、彼がとった行動のほとんど全てが現在の若者のライフスタイルとして定着している。スケートボードや古着、スニーカーや昔のおもちゃなど、いわゆる“レアもの”を収集すること、DJという職業、ヒップホップ、ハウスという音楽のジャンル…、挙げたらキリがないほどだ。
最近になり、キョンキョンこと小泉今日子の曲をつくったり、「ホットドックプレス」などといった若者向け雑誌に載るようになり、今でこそ有名にはなったが、それまでは、一部の人にしか、彼の名は知られていなかった。
真のオピニオンリーダーは表に出てこない。“影”の存在なのである。マスコミに出ることがほとんどないので、一般大衆化されず、あきられることがないのである。
安室奈美恵やCHARAのスタイリストたちも、彼の影響を多大に受けている。彼女たちのファッションが街のオピニオンリーダーたちに真似され、それを限りなく多くの若者たちが真似をするのであるから、彼の影響というのは図り知れない。
藤原ヒロシという生き方自体が“カッコいい”とさえ言われている。
あらゆる“もの”に愛着を持ち、古ければ古いほど価値がつくということを、実際の生活の中の“もの”、スニーカーや古着、日用雑貨やおもちゃにいたるまで、ごみとして捨てないという文化をつくってきた彼こそ、実は、ごみ減量の“影”の主役といえるのではないだろうか。
5.“もの”に愛着を、付加価値を
以上、述べてきたことをふまえた上で、自治体の方々が、若者にごみ問題に興味をもってもらい、協力してもらうにはどうしたらよいか、という最初の課題に話をもどす。
環境問題やごみ処分場の延命の話をいくら時間をかけて説明しても、頭では理解しても実際の行動には、なかなか、結びつかない。一部、ボランティア精神の旺盛な若者たちは、大いに協力するだろうが(特に海外に滞在したことのある若者は協力するケースが多い。なぜなら、海外はボランティアという考え方が発達、浸透しているからだ)、今の日本の大多数の若者たちの協力を得るのは困難と思われる。
このような話をしていると、トレンディードラマなどとタイアップして、この問題をテーマにしたものをつくってはどうかという意見がよく出されるが、これは一見、とてもよいアイデアのように思えるが、実際はとても危険であるといえる。
トレンディードラマ、テレビはマスメディア(大衆媒体)である。はじめから、マス(大衆)にうったえるということは、一時的にブームになり、話題にはなるが、アッという間にすたれてしまう危険性を持ち合わせている。このようなケースは多くの人たちの生活には定着しない。ライフスタイルにはならない場合が多い。
では、どうすればよいか。
今まで述べてきた要素を巧みに使えば、ごみ問題解決の糸口になると思われる。
オピニオンリーダーがとる行動(“カッコいい”や“カワいい”といった記号)は、世代、時空を軽く飛び越え、そして、継承される。
“カミナリ族”や“みゆき族”、ヒッピーやフォークゲリラなど、過去にオピニオンリーダーたちがとった行動に付随して生まれた文化、ライフスタイルは、今でも若者たちに“カッコいい”と思わせ、トラッドなファッションやベルボトムなどの定着を生んでいる。
いきなり、マス(大衆)ではなく、オピニオンリーダーという“コア(核)”な人たちに、ごみ問題への協力のアプローチを仕掛けることが、この問題解決の糸口になるのではないか。仕掛け人に対して仕掛けるという、かなり複雑なアプローチではあるが、本当に問題の解決を導きたいのなら、この方法が最も確実であると思われる。
原宿や青山、下北沢などの東京の街だけではなくても、どの地方の街にでも、必ず、オピニオンリーダーとして存在している人たちがいるはずである。洋服店、レコード店などの店員かもしれないし、クラブのDJかもしれないし、バンドや学生かもしれないが、必ずいるはずである。
もし、彼ら(彼女ら)にアプローチをかけることができたとすれば、トレンディードラマのように、すぐに話題になったりはしないが、ゆっくり、しかし、確実に、アプローチし提案したライフスタイルは浸透していくはずである。
日本人はとかく、長い目でものを見るのは苦手だが、環境、特にごみの問題に関しては、社会のあらゆる要素と密接に結びついているため、すぐに効果を出すのは不可能といえる。無理に何かをしようとすれば、リバウンドで、すたれる早さも速い。
おそらく、オピニオンリーダーたちを介して浸透していったごみ問題への興味と、その問題解決のためにとられるライフスタイルは、数年、もしくは数十年はすたれることはないだろう。
しかし、ここで注意しなければいけないのは、オピニオンリーダーたちにごみ問題解決のために協力して下さいと直接、お願いをするのでは意味がないということだ。先程、述べた“藤原ヒロシ”のように、“もの”に愛着をもたせ、付加価値をつけ、“もの”を捨てないようにさせる、本来、ごみとなるものに対して“カッコいい”、“カワいい”という価値観をつけさせることが大事なのである。そのようなアプローチの仕方が重要であると思われる。
今の若者たちが、“もの”に対して、そのような価値観をもったとすれば、彼らが会社などで“もの(商品)”をつくる立場になったとき、ごみにならない、数年後に付加価値のつく、“カッコいい”商品を、潜在的に企画し、つくり始めるだろう。“カッコいい”、“カワいい”という価値観は潜在意識に入り込むのである。
多くの人たちの潜在意識に、このような考え方が根づき、このように行動したとしたら、おそらく、ごみ問題はなくなるだろう。
なぜなら、ごみになるような商品はつくらなくなるからである。
そして、このような価値観、行動はすぐにすたれはしないだろう。
なぜなら、利益や知識によって、とられる行動ではなく、潜在意識による行動だからである。
「リサイクルの文化論」、第1回は概論として、オピニオンリーダーの“カッコいい”、“カワいい”というキーワードが、ごみ問題解決の糸口になるのではないかという提案をしてみた。
次回からは、実際に、今回、述べたようなことを実践している人たち、オピニオンリーダーに対する仕掛け人たちや、その事例などを紹介しようと思っている。