今回の第3回では、1996年8月に富士山二合目で、18,000人が集まり行なわれた、野外テクノ・イベント「RAINBOW2000」の会場における環境対策を実践した環境プロデューサーに、その取り組みを行なおうとしたきっかけ、理由などを聞いてみた。
1.「RAINBOW2000」のリサイクル大作戦
「RAINBOW2000」…、それは、1996年8月10日、富士山二合目の「日本ランドHOWゆうえんち」で行なわれた、日本で初めての大野外テクノ・フェスティバルであった。
夕方5時から始まり、翌日の朝10時までの17時間、3つの会場で、DJの奏でるテクノ・ミュージックで踊り続けるそのイベントには、日本全国から18,000人が集まり、“社会現象”とまでいわれた。
この「RAINBOW2000」というイベントには、もう一つ、大きな“社会現象”があった。それは「テクノロジーとエコロジーのオーガニック(有機的)な融合」をテーマとした環境対策。
特に、ごみの回収には力を入れ、7種類に分別して回収できるアート作品のリサイクルボックスを会場内20カ所に設置。その結果、回収量はアルミ缶320kg、スチール缶240kg、発泡トレイ約5万枚、PETボトル110kg、びん1,500本、そして、乾電池330本。以上の資源ごみはすべてリサイクル工場に直接搬入された。
このイベントの徹底した環境対策はこれだけではない。紙コップの使用禁止(缶から紙コップに中身を移し替えないで、缶のまま売り、リサイクルを推進する)、食品容器の統一(発泡トレイで統一し、リサイクルを推進する)など、全飲食屋台の使用容器をコントロールした。リレハンメル・オリンピックで使用されて話題になった、澱粉から作られて食べられる容器「ポテトレイ」も使用された。
また、デポジット・システムも導入。1リットルのPETボトル入りのミネラル・ウォーターと、355ミリリットルのアルミ缶入りビールを、料金450円に50円のデポジットを加えて、500円で販売。ともに、容器を返却すれば、50円が返ってくるシステムにした。
さらに、来場者全員に喫煙するかどうかを入場時に聞き、「喫煙する」と答えた来場者には携帯用の灰皿を無料配布するなど、ごみ対策の徹底ぶりに加えて、ソーラーと風力、そして、自転車によるソフト・エネルギーの活用も行なっており、その姿勢はマスコミなどでも大きく報じられ、それ自体が“社会現象”となった。
今までの音楽コンサートというのは、当然、“音楽”重視で、ごみの対策などには、ほとんど取り組みはみられなかった。数万人が集まる音楽フェスティバルでも膨大に出るごみに関心は向けられなかった。
なぜ、このイベントはこれほど環境対策に真剣に取り組んだのだろうか。
その答えは、このイベントの一人の環境プロデューサーがにぎっていた。
このイベントで、ごみのリサイクルを実践した環境NPOの「A SEED JAPAN」代表の岸本さんは、次のように話していた。
「このイベントの素晴らしいところは、企画の段階から、私たち、環境の立場の人間がかかわれたこと。私たちはリサイクル、清掃、ごみにならない商品の販売の推進、来場者に対する呼びかけの4つを提案しました。驚いたことに、全部の提案が通ったのです。主催者の環境への理解にびっくりしました」。
野外テクノ・フェスティバルを、“活きたリサイクル展”として展開した、環境に取り組むプロデューサー・河内聡雄氏に独占インタビューを行なった。
河内氏は、「後楽園ゆうえんち」の夜間イベント「ルナパーク」や、「東京ビッグサイト」の竣工記念イベントなどに携わってきたプロデューサー。
以下では、「RAINBOW2000」というテクノ・イベントの中で、どうしてここまで環境にこだわった対策を実践したのか、その動機は何だったのかなど、これからの日本のイベント全体に影響を与えるかもしれないといわれている、このイベントの取り組みについて聞いてみた。
2.ネイティブ・アメリカンから学んだ、自然との調和、自然への感謝
数年前から、仲間たちと“スウェット・ロッジ”をキープしてきました。
“スウェット・ロッジ”とは、6000年以上前からネイティブ・アメリカン(アメリカ大陸先住民、いわゆる、“インディアン”と呼ばれた人たち)に伝統的に継承されてきた“浄化と祈り”のセレモニーです。
“スウェット・ロッジ”とは、英語で読むと「汗をかく小屋」という意味ですが、ネイティブ・アメリカンのラコタ語では、“イニーピー”と呼ばれ、「地球の子宮」という意味があります。
木と布でできたドーム型のテントの中に車座に座ります。中央に掘られた浅い穴に火で焼かれた真っ赤な石が運び込まれ、これにハーブと水がかけられ、蒸気で満たされた暗いロッジの中はサウナのような状態になります。その中で、体から流れ出る汗と共に、あらゆる汚れ、傷、精神的な重荷などを流します。
同時に、自分のため、家族のため、仲間や友人のため、世界の人々のため、平和のため、地球のため、宇宙のために祈ります。
そうすると、自分の中の恐れやエゴ、自分を小さく閉じ込めている部分が死を迎え、新たなエネルギーを取り戻し、大いなる自己が自然に甦ります。
人、自然、父なる太陽・空、母なる大地、全ての存在とつながっている自分を思い出し、生かされ、導かれていることへの感謝の気持ちが込みあげてきます。
モクモクと立ち上がる蒸気と共に“イニーピー(地球の子宮)”の外へ出るとき、死と再生を通じ、新しい自分に生まれ変わったような気分になります。
このような祈りのセレモニーが“スウェット・ロッジ”です。“スウェット・ロッジ”は毎月、神奈川県の丹沢の森の中で行なっています。
私は“スウェット・ロッジ”をきっかけに、アメリカのネイティブたちの伝統的な“道”に触れ、アンクルであるラコタ・スー族のメディスンマン、パット・ヘンドリンクソンから、さまざまなことを学びました。今も、そして、この先も学び続けます。
彼らは、太陽をお爺さん、月をお婆さん、空を父、大地を母、そして、地上の生き物は全て兄弟と呼んでいます。教えの“道”の上での先生はアンクル(おじさん)です。
自然との関係を“家族”的つながりで捉えることは、彼らの自然観を象徴しています。
自らを生態系の輪の一部として位置づけているがゆえに、“所有”の概念を持たないネイティブたちに対して、コロンブス以降、入植してきた白人たちは、ネイティブから土地を奪い、柵で囲って“所有”し、エゴによる“拡張”を続け、平原で彼らが生きる上での重要な糧であったバッファローを娯楽のためのハンティングで絶滅させ、邪魔なネイティブたちを利用価値のない砂漠にリザベーション(居留区)を造って追いやり、母なる大地の皮膚をえぐってウランを採掘しました。
アメリカのネイティブたちは、伝統的な成人の儀式として“ビジョン・クエスト”を行います。これは、丘の上や山の中に、水だけ持って、たった一人で登っていき、4日間、断食をして、ただ、ひたすら座り続け、自立した一人の人間として生きていく上で、最も必要な“ビジョン”を得るというものです。“ビジョン・クエスト”は、人生の中で“ビジョン”が必要な時、幾度となく行なわれます。
私が木々や鳥、獣、虫たちと、大地や雲と、太陽や月と、そしてスピリット(精霊)とのつながりを強く実感できたのは、このセレモニーを通じてからです。PETボトル1本の水さえあれば、4日間、生き存えれることも、身をもって実感しました。水は命の根源です。
この時の体験や、後に“サンダンス”を踊った体験を通じて、日本での現実の中で、自分が今、何をするべきかということが明確になりました。
自然を“征服”する対象として見る生き方と、“家族”として見る生き方があります。残念ながら、今の社会は前者に属しているため、エコロジーという概念や手法が必要とされます。根本から“道”を誤っているのです。だから、エコロジーを考えていく上で、最も根源的問題は、常に“エゴ”との戦いになるのです。
1996年の夏、「RAINBOW2000」を立ち上げるに当たって、“エゴのにごりをとれば、エコになる”と、一貫してうたい続けた理由がそこにあります。
“虹”。「RAINBOW2000」とは、世界中で共通に語られる、希望と癒しのキーワードです。
「RAINBOW2000」と名付けた時点で、このイベントは単なるテクノ・フェスティバルではなくなりました。
それまでの日本の音楽コンサートというのは、警備員がたくさんいて、管理のみが重視される、自由を全く感じない雰囲気が当たり前とされてきました。
音楽というのは、そんな息苦しい環境で楽しめるはずがありません。こんな状況から、まず、飛び出して、多くの仲間といっしょに富士山に抱かれて、いい音楽を聴きながら、朝まで踊り明かす。実は、目指したところは音楽フェスティバルではなくて、“祭り”でした。秋になれば、実りを感謝して収穫祭を行なうように、“祭り”を通じて、人間は自然やスピリットと対話してきました。
自然と調和しながら遊ぶほうが、もっと気持ちよくなれるんだと、自分も自然の一部なんだと気づく。自分はどのように生きればよいのか、その生きる知恵を(エコロジー的に)得る。そして、自然に感謝する気持ちを持つ。これは、是非、“祭り”が終わって、自宅に持ち帰ってもらいたいことでした。
ゆえに、この“虹の祭り”で環境対策を重視したのは自然な流れであって、当然のことでした。
ごみを最後にどう処理する(される)かを念頭に置いて、取り扱う商品や、持ち込まれるものをエコロジカルにコントロールする。リサイクルできなかったら、自分のせいで、また、自然に負担をかけてしまうことになる。
自然とのつながりによって生きていられる人間が、最低限のマナーを持って遊べるシチュエーションをつくる、という、とても単純明快なことをしただけなんですが、今の日本では、まだまだ、大変なことなのだと実感させられました。
私自身も、ごみ問題について、知識だけではなく、実際に取り組んでみて、とても勉強になりました。そして、このイベントに来てくれた18,000人の人たちも、きっと、何かを感じ取ってくれたと思うのです。
都会から離れて、自然の中で“つながり”を感じながら遊び、体験を共有する、「RAINBOW2000」がその入口になればいいと思っています。
3.今、先住民族の自然の生き方を学ぶとき、尊重するとき
環境対策を重視した野外テクノ・イベント「RAINBOW2000」の環境プロデューサー・河内聡雄氏は、ネイティブ・アメリカンの自然の生き方(人間も自然の一部であるわけだから、自然と共に生きることが本来の人間の生き方)を素直に実践したに過ぎない。
環境問題という、現在、人類につきつけられた、あまりにも大きな課題を根本的に解決する方法は未だ、みつけられていない。
しかし、河内氏の話を伺っていて、その一つの糸口みたいなものをみつけられた気がした。
アメリカ大陸には、もともと、ネイティブ・アメリカンが住んでいた。そこに、ヨーロッパの人たちが移住してきて、彼らを迫害した。オーストラリアの先住民族であるアボリジニーも同様である。
イギリスと呼ばれるブリテイン島も、今、アイルランドやスコットランドに住んでいるケルト人がもともと暮らしていた島。そこに、北欧からのバイキングが移住してきて、今のイギリスとなっている。
日本も、もともとは、アイヌ人の祖先といわれる縄文人が住んでいて、そこに朝鮮からの移住があり、アイヌ人の人たちは北へと追いやられた。今の日本人の直接的な祖先は朝鮮の人たちといわれている。
ネイティブ・アメリカンも、アボリジニーも、ケルト人も、アイヌ人も、今でも共通しているのは、彼ら独自の、自然と調和した生活習慣があり、ユーラシア大陸から移住してきた人たちの強要する社会的な生活習慣には決して屈しないという事実である。
今、世界各国で、この先住民族の、自然と調和した生活を見直そうという動きが出始めている。
今までは、彼らに対して社会的な迫害を与え続けてきたが、ここまで環境問題が深刻になってきた現在、彼らの自然の中の真の法則を尊重し、学び、それを社会に取り入れていこうというものだ。
河内氏をはじめ、まだ少なくはあるが、徐々に、このことに気づき始めている人たちが世界各国で増えていると聞く。
河内氏のように、このことに気づいた人たちが、世界各国で、先住民族の自然と調和している生活を尊重するような提案を、強いリーダーシップをとって、この先、行なっていくとすれば、今の行き詰まった社会的環境問題は大きく改善されるだろう。
実際、河内氏が「RAINBOW2000」のために作成した、エコロジー・ブロジェクトの企画書は、イベントの本来の目的である音楽の企画書よりも厚いものであった。
「RAINBOW2000」に集まった18,000人の人たちは、都会では味わうことのできない、満天の星空に、朝陽を受けた真っ赤に輝いた富士山に、純粋に感動したことだろう(筆者も純粋に感動した)。
これは究極の環境教育である。また、テクノという音楽文化を題材とした究極のオピニオンリーダー論の実践である。このイベントに来た人たちも、その多くは街のオピニオンリーダーであろう。彼らが体験した感動は、さらに多くの人たちに伝えられ、ごみの分別は当たり前、それよりも、もっともっと大きなテーマ、自然を感じることが“カッコいい”とみなされるだろう(実際、原宿や青山、代官山などでは、この話題が飛びまわっている)。
そして、彼ら、彼女らが、ネイティブ・アメリカンの生活に関心を持ち、学び、自然との調和を実践しようとしたなら、おそらく、社会は大きく変わるだろう。
「RAINBOW2000」は今年、1997年も8月に開催される予定だ。
今年は、全ての電力を風力発電と太陽光発電でまかなう「グリーン・フューチャーズ・フィールド」をつくるという。そのために今、河内氏は毎日、飛びまわっている