子どもたちに絶大な人気を誇るアニメ映画「となりのトトロ」。
日本全国のリサイクル・フェアや緑化イベントなどで行なわれ、いつも、親子連れでいっぱいの、このトトロの「ファミリーコンサート」は、子どもたちに生きものを大事にする、自然と共に歩くことを教えてくれる。
「リサイクルの文化論」、第4回の今回は、子どもたちに新しい価値観の提案をしている「トトロと井上あずみのファミリーコンサート」を紹介し、「となりのトトロ」の主題歌を歌う井上あずみさんのお話を聞いてみる。
1.みんな大好き「となりのトトロ」
♪トットロ トット~ロ!
♪歩こう 歩こう わたしは元気!
そう、これはアニメ映画「となりのトトロ」の主題歌「となりのトトロ」と、オープニングテーマ「さんぽ」。
日本国内で誰もが知っているといっても過言ではないくらい有名な“トトロ”。映画を観ていない人でも、この歌はどこかで耳にしたことがあるだろう。
宮崎駿監督のこの“トトロ”は1988年度、「毎日映画コンクール」日本映画大賞、「キネマ旬報」ベストテン第一位、「第11回アニメグランプリ」グランプリなど、日本映画賞を総なめにした。
今年は、1997年なので、もうすでに9年前、来年はトトロ生誕10周年になる。しかし、いまだにその人気はおとろえないばかりか、子どもたちにとっては、いつまでたっても“今”なのだ。
ものごころついた子どもから、小学生まで、とにかく、子どもたちはみ~んな、トトロが大好き。ものごころついたときから、トトロのビデオを観ながら育った子どもは、森にはトトロがいる、うちには真っ黒クロスケがいると、一度は信じる。
そんな子どもたちにとっては、すごくうれしいイベントが日本各地で行なわれている。
「トトロと井上あずみのファミリーコンサート」。
主題歌「となりのトトロ」、「さんぽ」を歌っている井上あずみさんと、本物のトトロ(本当はとってもかわいいぬいぐるみ)が出てくる、この楽しいコンサートは、いつも親子連れでいっぱい。
井上あずみさんが、同じく宮崎駿監督の「天空の城ラピュタ」の主題歌「君をのせて」やトトロの歌を歌うのだが、その横で大きなぬいぐるみのトトロも踊る。それにあわせて、子どもたちも楽しそうに踊る。子どもたちにとっては、目の前にいるトトロは本物のトトロなのだ。
そして、このコンサートは、もう一つ、大きな楽しみがある。トトロに関するクイズを出して、それに答えた子どもたちに、ひまわりなどの花の種の入ったどんぐりのケースをプレゼントするというもの。
「入院しているお母さんのところに行くのにメイちゃんが乗ったものはなに?」
これは簡単。答えは「ネコバス!」
「サツキちゃんがさしていた傘の色は?」
これは難しい。
答えは「赤!」
しかし、子どもたちは簡単に答える。みんな、いかに何度も真剣にビデオを観ているかわかる。
“トトロからもらった種”。これは、子どもたちにとっては何ものにもかえられない宝物だ。
毎日、水をやったり、かわいがったりして、花を咲かせると、トトロに手紙を書いて送ってくる。その手紙からも、よろこびの気持ちが伝わってくる。
この「トトロと井上あずみのファミリーコンサート」は、1992年から始まった。今までに約6万個以上の“トトロの種”を子どもたちに配った。
このイベントの目的は、子どもたちに花を育てる機会を与え、生きものを大事にするということ、そして、親子の会話、ふれあい。
このイベントは、自治体などの公的機関からの依頼で行なわれる。企業からの依頼にはお断りしているという。各地のリサイクルフェアや緑化イベント、公園の竣工式など、自然を、環境を守るイベントに、トトロは現れる。
「ファミリーコンサート」では、コンサートやクイズのほかにも、ごみやリサイクル、自然の大切さなどについて、井上あずみさんが、子どもたちにやさしく説明する。子どもたちは、このときばかりは、真剣に井上あずみさんのお話を聞いている。おそらく、誰の話よりも、このお話は、子どもたちの心に残るだろう。なんといっても、トトロと、あの歌を歌っているお姉さんのお話なのだから。
その井上あずみさんにインタビューを行い、「トトロと井上あずみのファミリーコンサート」について、お話してもらった。以下では、そのお話を紹介する。
2.子どもたちが自然を知る、考える、“きっかけ”になればいいと思っています
うちは、昔から家族全員、歌を歌うのが、大好きだったんです。
私が小学校4年のとき、「家族対抗歌合戦」というテレビ番組に出たんですけど、優勝してしまいました。その後も出て、また優勝してしまったので、2回、優勝したのです。
人前で歌うことが楽しいと思ったのは、この頃ぐらいからです。児童合唱団に入ったり、いろいろなのど自慢に出たりしました。そして、18才のとき、「スター誕生」というオーディションに受かって、歌手としてデビューしました。
宮崎駿監督の作品とお仕事するようになったのは、「天空の城ラピュタ」からです。監督は「イメージにピッタリ」と、私の声を気に入ってくれて、そのあと、トトロも歌うことになりました。
この「トトロと井上あずみのファミリーコンサート」は、とっても地味なイベントですが、とっても大事なイベントだと思っています。
トトロは森の中に住んでいます。森がないと生きていけません。このことを子どもたちに教えていくにはどうすればいいのか。私たちは、いったい、何ができるのか。
その答えが、この「ファミリーコンサート」なんです。
このコンサートが、子どもたちが自然というものを知る、考える、“きっかけ”になればいいと思っています。
そのなかで配っている花の種。種に水をあげて、やがて、芽が出て、花が咲いて、そして枯れていきます。でも、また、種が落ちて、くりかえしていく。これが自然なんですね。
私も実際に、この種を育てています。毎日、お水をあげて、風の強い日や、雨の日には、うちの中に入れてあげたり、やはり、気にかけてあげればあげるほど、愛着がわいてきますし、そうすると、花も咲くんです。
子どもたちもトトロに「花が咲いたよ」とお手紙を書くために、がんばっているのでしょう。そして、みんなが書いてくれたお手紙が私のところへ来ます。うれしいですよ。このうえなく。
あと、私も、ごみやリサイクルや環境問題について、いろいろお話するので、ごみの分別、PETボトルが洋服にリサイクルされることなど、自分自身にとっても勉強になります。ふだんの生活の中でも気にするようになります。
この「ファミリーコンサート」、これからも地道に、でも着実に、私のライフワークとして、ずっと続けていきたいと思っています。
3.自然と同じ歩幅で、“歩こう”の時代
筆者のまわりにいる子どもたちもみんなトトロが大好きだ。歩くときには、必ずといっていいほど、♪歩こう 歩こう と口づさむし、そうでないときでも、鼻歌で歌っている。
子どもがいる家庭では、テレビで「となりのトトロ」が放映されるときは、必ず録画するという。以前に録画したビデオテープは、繰り返し観過ぎて、テープがすり切れてしまうからだ。トトロのために、ビデオテープをダビングするために、もう一台、ビデオデッキを買ううちもあるという。
それぐらい、みんな大好きなトトロ。
そんなトトロが、実際に自分の住んでいる街に来たら、しかも、あの歌を歌っているお姉さんもいっしょに来たら、どんなにうれしいだろう。子どもたちにとっては、“夢”のようである。「トトロと井上あずみのファミリーコンサート」はすばらしいイベントだ。子どもたちに自然を、環境を教える究極の環境教育だ。
経営学の科学技術論の中に、とっても興味深い研究がある。今の日本の経済的繁栄は「鉄腕アトム」がその基盤であるという考え方である。
1963年からテレビ放映されたアトムは、その主題歌♪空をこえて ラララ 時の彼方~は誰もが口ずさむことのできる、国民的な歌となった。アトムは悪と戦う正義の味方である。日本人にとってロボットは、頼りがいがある、困ったときには助けてくれる人間の味方だ。それが、日本の工業のオートメーション化、ロボット化を促進させたという考え方がそれである。
しかし、欧米はどうだろう。フランケンシュタイン伝説以降、ロボットはあまり、いいイメージで受け取られていない。機械は人間から労働を奪うもの、失業の原因であると、産業革命以来、思われているという。
欧米のSF小説などでも、そのほとんどはロボットは敵か、もしくは、はじめは人間の奴隷だが、やがて反乱をおこすという内容のものばかりだという。
このことが、欧米の人たちの潜在意識にあり、工業のオーメーション化、ロボット開発などに積極的に取り組むことが少ない原因になっているらしい。
ところが、日本ではロボットには悪いイメージはない。それどころか、日本では、ロボットは味方だ。「鉄腕アトム」以降、「鉄人28号」、「マジンガーZ」から「ドラえもん」にいたるまで、ロボットはみんな、困ったときには助けてくれる人間の味方。
このことが、日本の工業への積極的なロボットの導入、オートメーション化につながり、経済発展に大きく貢献したという考え方だ。
世界で第2位の経済大国になった日本。ロボットと共に走ってきた急激な経済的成長は、多くの問題を生み出した。公害、環境破壊、そして、ごみの増大…。
駆け足で走ってきたかわりに、忘れてきてしまったものも多かったようだ。いま、その“忘れものを届けにきた”のが、トトロのような気がする。
『♪空を超えて ラララ』の時代は一休みして、これからは『♪歩こう 歩こう』の時代。
“駆け足”はそろそろやめて、“歩こう”の時代。
いままでは急ぎすぎた。これからは、自然と同じ歩幅で歩く時代。
この新しい時代の価値観を、日本中の子どもたちに提案しているのが、「トトロと井上あずみのファミリーコンサート」のような気がする。
「鉄腕アトム」は国民的アニメといわれ、その主題歌は国歌とまでいわれた。
しかし、自然といっしょに歩く、環境と仲良くする「となりのトトロ」は、これからの“新しい国歌”になるにちがいない。
今の大人たちは「鉄腕アトム」を口づさみながら、ロボットを追求し続け、経済の発展という目標を達成した。
今の子どもたちが大人になる頃には、トトロが住む森を、自然を、環境を考慮した社会の発展という目標を達成してくれるにちがいない。
今日も、日本中の子どもたちが、“新しい国歌”を口づさんでいる。
♪トットロ トット~ロ!
♪歩こう 歩こう わたしは元気!