第1回
カルチャーの裏にある真実


「トレインスポッティング」はスタイリッシュでカッコいい映画。こんな言葉が一人歩きして、1996年、日本でも大ヒットとなった。でも、実際は、こう思った人も多いはず。
「これって、ドラッグ中毒とバイオレンスばっかり。アンダーワールドの曲はよかったけど…」。
なぜ、この映画が本国イギリスで大ヒットしたのか。イギリスでは決して、スタイリッシュでカッコいい映画ではなかった。奥深い社会と政治の問題について、多くの若者たちの声を代弁した映画だったから大ヒットとなったのだ。
イギリスは島国である。この島は、ブリテイン島と呼ばれる。この、ブリテイン島には、イングランド、ウェールズ、スコットランド、北アイルランドの4つの国があり、この4つの国のことを一般的にはイギリスと呼んでいる。もともと、ブリテイン島にはケルト人という先住民族が住んでいた。そこに、長い歴史の中で、ヨーロッパ大陸から多くの民族が侵出してきて、イングランドという国をつくった。先住ケルト人たちは辺境へ追いやられた。その結果、彼らのつくった国がウェールズであり、スコットランドであり、北アイルランドであるわけだ。
「トレインスポッティング」に出てくる若者たちはスコットランド出身だった。経済政策がうまくいっていないスコットランドでは多くの若者たちが失業し、ドラッグ中毒に陥っている。何とか社会的な生活をしようとイングランドへ“出稼ぎ”に出かけるが、うまくいかない。それは、イングランド政府がスコットランドに対して経済的な差別を行なっているからだ。その結果、若者たちは職に就くことが難しく、目の前の現実から逃げるためにドラッグ中毒となってしまう。「トレインスポッティング」はイギリスの多くの若者たちの声を代弁し、イングランド政府を痛烈に批判したことによって、多くの若者たちの共感を得たのだ。
1999年、イギリスから新たに若者たちの声を代弁した映画が封切られ、大ヒットとなった。「ヒューマントラフィック」がそれだ。舞台は、ウェールズ。弱冠24歳の新人監督ジャスティン・ケリガンもウェールズ人だ。ジャスティン・ケリガンは14歳のときからレイヴ・ムーブメントに参加し、一時は自らドラッグ中毒に陥ったこともあるという。
彼は言う。「僕は物心ついたときから、このカルチャーの一部だった。『ヒューマントラフィック』は限りなくドキュメンタリーに近い映画だ」。
今年8月に日本でも公開されるこの映画は、1980年代後半から90年代はじめにかけて起こったレイヴ・ムーブメント以後の現在のウェールズの若者たちの日常を、どちらかというとコメディタッチに描いているが、その裏にもやはり、イングランド政府とウェールズについての関係性を読み取ることができる。国同士の背景がわかったほうが、より楽しめる。というより、わかっていないと本質がつかめない。
さらに、レイヴ・ムーブメントについても知っておくと、さらに楽しめる。1980年代後半のレイヴ・ムーブメント「セカンド・サマー・オブ・ラブ」は野外で行なわれる大パーティのため、ロンドン郊外の畑や森林での無許可での開催、さらには、エクスタシーというドラッグの乱用のため、警察との衝突を繰り返していたが、レイヴの開催地が警察の手を逃れて北上し、遂には、スコットランドや北アイルランドにまで達すると、中産階級以下に対する政策を切り捨てていたサッチャー政権に対抗していたレイヴァーと、イングランド政府から経済的な差別を受けていたスコットランドや北アイルランドの先住ケルト人たちが融合し始めた。
このことに危機を感じたイングランド政府は、「クリミナル・ジャスティス・アクト」という法律を制定。「野外でレペティティヴ・ビーツ(繰り返す音楽、いわゆる、ハウスやテクノのこと)という特徴を持つ音楽を聴いている10人以上の団体を解散させる権利」が警察に与えられ、事実上、レイヴの開催は禁止となった。
しかし、レイヴ・ムーブメントがその後のクラブ・カルチャーに与えた影響は図り知れない。アシッドハウス、テクノ、ハードコア、ドラム&ベース、サイケデリック・トランス、エピック・トランス、ハードハウスなど、現在のダンス・ミュージックの大半はレイヴ・ムーブメントから生まれたものなのである。
「ヒューマントラフィック」のサウンドトラックに収められているアーティストたちも、アンダーワールド、オービタル、プライマル・スクリーム、C.J.ボーランド、ファットボーイ・スリム、アーマンド・ヴァン・ヘルデン、システムF、そして、カール・コックスといったクラブ・ミュージックのオンパレードである。
音楽というものは、いつの時代も社会的なさまざまな問題を背景に生まれている。ジャズやブルースはアメリカにおける黒人差別問題、ロックは経済社会体制への反発、ハウスはゲイカルチャーと深く関わり、そして、前述したテクノやドラム&ベースなどはイギリスの社会背景と密接な関わりを持って生まれてきた。アメリカやイギリスの若者たちは、これらの音楽を通して自分たちの存在を肯定しようとし続けた。決して、カッコいいと思われたくて、これらのムーブメントを起こしてきたわけではない。ところが、日本に入ってくるカルチャーやムーブメントは“骨抜き”になり、スタイリッシュでカッコいいものになってしまう。
21世紀の日本のクラブカルチャーはそんな情けない状況にはしたくない。
カルチャーの背景にある真実を知ろう!
そして、これからのクラブカルチャーの進化について考えよう(Thinking Evolution)!
「ヒューマントラフィック」は、その第一歩にふさわしい映画のような気がする。