第3回
ドラッグについて考える(後編)


1999年、東京のクラブシーンにドラッグ取り締まりのために警察が介入、多くのクラブが営業停止となったり、営業時間の短縮を余儀なくされた。レイヴ会場における警察の介入も頻繁化した。その結果、東京のクラブシーンはどうなったか。クラブの数、パーティの数が減り、レコードショップの売り上げも鈍り、スポンサーである企業も撤退し始め、危機的な状況に追い込まれた。
一部のドラッグ使用者のために、多くのドラッグを摂らない音楽のジャンルのパーティを楽しみにしていたクラヴァーたちは迷惑をうけた。ドラッグは自分自身が楽しむものであり、他人に迷惑をかけないのがマナーだ。自分がドラッグを摂っていて暴れたり、倒れたりしないという自覚はあったとしても、それがクラブシーン全体に迷惑をかけると考えている人はどれぐらいいるだろうか。
デトロイト・テクノの雄、ジェフ・ミルズが語った日本のクラブシーンについてのコメントは印象的だ。
「僕は、いつも日本でプレイするのを楽しみにしている。いくつかの国ではフロアのクラウドはドラッグをキメこんでいる。誰も僕のプレイなんて気にしていないんだ。ところが、日本の場合は違う。ドラッグを摂っていないクラウドが大半だ。みんな、僕のプレイに集中してくれている。僕も真剣にならざるを得ないね。本当に僕のプレイを理解してくれているのは日本人だと思うよ」。
ドラム&ベースは、ドラッグを摂らないことを信条にしたジャンルの一つだ。1987年、イギリスで起こった「セカンド・サマー・オブ・ラブ」は、エクスタシーというドラッグを摂ってアシッドハウスで踊り狂うレイヴに発展していったが、「クリミナル・ジャスティス・アクト」(野外でハウスやテクノなど、繰り返す音楽を聴いている10人以上の団体を解散させる権利を警察に与えた法律)
施行後、ロンドンのクラブに戻ってきたクラヴァーたちは高速のブレイクビーツ(ドラム&ベースの前身)で踊るために、さらに、エクスタシーを乱用した。その結果、遂に、死亡者が続出。このシーンはドラッグについて真剣に考えるようになった。
レイヴ・ムーブメントのDJの第一人者で、今はドラム&ベースのDJ兼アーティストとして世界中で大活躍しているDJブロッキーは当時の様子を、次のように振り返っている。
「それまでは、みんな、エクスタシーを摂って踊っていたよ。でも、ある日、エクスタシーが原因で仲間の一人が死んだんだ。それからはエクスタシーは控えて、その代わりにフィーリングを大事にするようになった。音を理解するようになってきたんだよ。もう、ドラッグは要らないという気持ちにまでなった。それ以来、ドラム&ベースはノードラッグで、ビートに集中して踊るのがマナーになったんだ」。
「クラブシーンの進化とは何か?」と、さまざまなジャンルのDJやアーティストたちに聞いてみると、「ドラッグを卒業して、音を理解することだ」という答えが返ってくることが多い。ドラッグを摂っていると、サウンドシステムの音質の善し悪しを理解することはできない。
「日本のクラブのサウンドシステムは世界標準に達していない」という声をよく耳にする。まだ、サウンドシステムにまで意識がいっていない未成熟なシーンとでも言うべきか。良質のサウンドシステムと、そうではないサウンドシステムで曲を聴き比べてみると、同じ曲かと思うぐらい、違う曲に聴こえてしまう。良質のサウンドシステムでは聴こえる音が、そうでないサウンドシステムでは聴こえない音もあるのだ。
日本のDJやアーティストが世界の舞台で活躍するためにはまず、踊りを楽しむ僕たちみんながドラッグを卒業し、サウンドシステムに目を向けるべきなのかも知れない。実際、良質のサウンドシステムを体感すると、ドラッグは必要ないし、その重低音で充分にトリップできる。東京にもそのようなクラブがオープンし始めてきたが、より一層のクラブ業界の努力を願う。そして、大事なのは僕たち自身が、そのようなサウンドシステムを必要とすることではないだろうか。
クラブ・カルチャーの進化のスピードは、ますます速まっている。世界のシーンに遅れをとらないためにも、僕たち自身の進化のスピードを上げなければならない気がする。