第9回
音を立体的に理解する


よく、欧米は三次元、日本は二次元の文化だといわれる。三次元とは立体、二次元とは平面ということだ。例えば、欧米の洋服は立体的で、収納するときはクローゼットにしまう。それに対して、日本の和服はたたんで、しまう。欧米の絵画は遠近法を使って立体的に表現するが、日本画や浮世絵は平面的に表現する。どちらがいいとはいえないが、こと、 DJに関しては立体的なほうがいいようだ。
U.K.の、あるDJにこんな話を聞いた。「日本のローカルDJはリズムをただ、つないでいるだけのようだ。我々は音を立体的に組み立てていく」。最近のトランスやプログレッシヴハウス、ハードハウス、ドラム&ベース、テクノなどは大バコでDJプレイされることを前提にトラックが制作されているという。ヨーロッパでのミレニアムとしての大バコブームと、北米・南米での巨大レイヴの大人気とが相まって、今、地球中のダンスミュージック・シーンは数千人、数万人規模のパーティが主流となっている。このような需要に合わせて、トラック制作側も、そのような状況に適合した、大きな会場で立体的な音の動きがするようなトラックを制作しているというのだ。そのような立体的なトラック同士をつなぐためには、立体的なミックスが必要となる。
具体的には、フロアにいるクラウドを中心に考えて、リズムはおなかの辺、ハイハットは右頭の上、スネアは左頭の上、ドラムはひざから太ももあたり、といった具合に立体的にトラックがつくられているので、それと同じ、もしくは似た位置にリズムやハイハットやドラムがおかれているトラックをミックスしないと、フロアで踊っているクラウドたちは、なんとなく気持ち悪いような感じを受けてしまうのである。欧米の有名なDJたちは、このことを十分に理解してプレイしているそうだ。
このトラックに秘められた立体感を体感するには、大きなスペースで、実際に、大音量でそのトラックを鳴らしてみなければならない。なぜなら、大きなスペースで大音量でかけられることを前提につくられたトラックなのだから。ふだん、自宅のDJセットで聴いていたり、ヘッドフォンで聴いたりしているトラックを、大きなスペースで大音量で改めて聴いてみると、その音の違いに驚かされる。自宅のDJセットやヘッドフォンでは聴こえなかった音が次々と現れてくるのだ。大きなスペースでプレイしたことがある人ならわかるだろうが、初めて大バコでプレイすると、自宅で練習していたときに聴いていた音のほかに、いくつも音が聴こえてきて、とまどってしまう。しかし、それがそのトラックの真の実力なのだ。
大バコで常にプレイしているような有名なDJたちはいいが、そうではない、これから有名なDJを目指す、自宅のスピーカーでしかトラックを聴くことができない人たちはどうすればいいのか。例えば、ニューヨークではDJを目指したり、音をつくっている人たちばかりが住むマンションがあるという。もともとの部屋のスペースも広いのだが、完璧とはいえないまでも、音が外に漏れづらい建築構造になっているという。多少、音が漏れても、住民の大半が音楽にたずさわっている人たちなので、お互いに苦情を言い合うことはない。このような環境の中なら、自宅によりよいサウンドシステムをつくり、大バコまではいかなくても、比較的、大音量で聴くことができるし、それで体感した音の立体感を理解して、トラックを立体的にミックスすることができる。
日本人が一人でも多く、地球規模で活躍するためには、日本のクラブシーンの底上げのためには、日本のクラブシーンの真の進化のためには、このような環境というか、インフラ整備も不可欠な要素の一つであろうと思う。音の立体感を理解するためには、クラブシーン全体の立体的な進展が必要なようだ。