日本は世界の中で26位。この数字は、もうじき開催される日韓共催サッカー・ワールドカップにちなんだ総合順位などではない。ある国際研究機関が全世界各国の経済力、政治力から子どもの学力まで、あらゆる面をトータルして弾き出した国の“国力”を示した順位だ。毎年行なわれているこの調査では、1980年代から90年代初頭にかけて、日本はずっと世界の中で1位を保ってきた。それがここ数年、3位、7位、14位と徐々に下がってきたのである。そして昨年、ついに26位という過去最低の順位になってしまった。この数字はあくまで目安に過ぎないが、日本は世界でナンバーワンだとずっと言われてきた80年代後半に青春時代を過ごしてきた僕にとって、この順位はものすごくショックだし、なんとかしなければという焦りみたいなものを感じざるを得ない。
それを裏付けするように、日本の不景気に歯止めがかからない。その大きな要因の一つと言われているのが、日本の“産業の空洞化”だ。日本には700万を超える数の会社が存在する。そのうちの90%以上が中小企業だ。日本の経済は中小企業が支えているのである。その中小企業のうちの多くが、製造業を営んでいる。実は、この部分の景気が良くないので、日本全体の景気が良くないわけだ。機械の部品や洋服の縫製、プラスチックの加工にいたるまで、大小さまざまな製造業が日本の“ものづくり”経済を支えてきた。
しかし、そのような“ものづくり”の部分が近年、賃金の安い中国をはじめとしたアジア各国で行なわれるようになり、それを日本が輸入するかたちをとることが顕著になってきたため、日本国内で製造業を営む会社が、中国との製造競争に太刀打ちできず、次々と倒産に追い込まれるという結果になってしまっている。もともとあった国内の産業がその他の安い賃金の国々へ移行してしまい、国内の産業が衰退してしまうことを“産業の空洞化”という。この“産業の空洞化”、実は、現在の日本だけが体験しているわけではない。先進国といわれる国々は必ず通ってきた道なのだ。
歴史上、世界で初めて産業革命を果たしたU.K.は、その技術をしばらくは独占して、国内で作った製品を国外へ売ることができ、経済的に繁栄を享受することができたが、その後、フランスやドイツ、イタリアなどで、その技術を使って製品を作ったほうが賃金が安いということがわかると、U.K.の資本家たちは次々と国外へと進出を始めた。その結果、U.K.国内の製造業が衰退してしまい、“産業の空洞化”が起こり、結果的にU.K.国民は経済的享受を受けられなくなってしまった。
それと同じことが第二次世界大戦後のU.S.でも起こった。大戦で唯一、戦火を受けなかったU.S.は、世界的な経済復興の任を受けることとなり、猛烈な勢いで、世界中の国々が必要とする膨大な量の各種製品を作る国内産業を発展させた。「アメリカン・グラフィティ」にみるような、1950年代の華やかなU.S.は、まさに、それが反映された時代だったといえる。
しかし、1970年代、80年代となると、そのU.S.のものづくりの技術を手本に、さらに、良い技術力を身につけたのが日本だった。日本のものづくりの技術力、産業力が強くなるにつれて、U.S.の作る製品は世界で売れなくなっていった。そして、U.S.も“産業の空洞化”に陥ったのである。そして、現在、今度は日本が、過去にU.K.やU.S.が体験してきたような“産業の空洞化”を味わっているのである。
この“空洞化”から抜け出すにはどうすればよいのだろうか。単純にいえば、安い労働力で大量生産できる国が、できないようなワンランクアップした技術力で世界に勝負するしかない。日本がなぜ、これほど不景気にあえいでいるかというと、戦後、ものづくり一辺倒で経済成長を成し遂げてきた経済構造から未だ、脱却することができずにいることが、その大きな要因の一つといえる。今まで日本の大人たちが支えてきた“ものづくり”をする中小企業を、今の若者たちが跡を継いでやっていくことにはどうしても無理がある。おそらく、多くの中小企業の社長さんの子どもたちはそれをやりたがらないであろう。これからの日本を支えていくのは、今の若者たちだ。今の若者たちが本当にやりたいことをやらなければ、世界で勝負することなどはできない。
“産業の空洞化”を体験したU.K.やU.S.は、それから抜け出す手段の一つとして“ものづくり”という“ハード”から、産業自体を“ソフト”化することに成功してきた。その一つの例が音楽である。なぜ、世界中でU.K.とU.S.の音楽ばかりが注目されるのかといえば、前述してきたような厳しい経験をしてきた上での経済的な一つの進化のかたちだからだといえるだろう。U.K.やU.S.は音楽で世界に勝負することができる。ということは、世界に受け入れられるような音楽を作る土壌があるということであり、そのような音楽をつくることができる若者を育てることができるということである。流行りのポップスにしても、ダンスミュージックにしても、この両国が圧倒的に強いのは事実である。
現代の音楽はテクノロジーに支えられている。ダンスミュージックの原点といわれているROLANDのリズムマシン「TR-808」が存在しなかったら、今、耳にしているフロアでのサウンドはおそらく体感できなかっただろう。実は、世界中のダンスミュージック・トラックを制作しているアーティストたちのほとんどが愛用している機材はROLANDをはじめ、YAMAHAやAKAI、KORGといった日本のメーカーなのだ。せっかく、機材メーカーが世界で最も近い場所にあるのに、日本人はそれらの機材を使ってダンスミュージック・トラックを制作しないのはなぜだろうか。海外のアーティストたちやDJたちは、この点をよく指摘する。
日本人は、実は、世界で最もダンスミュージック・トラックを制作するのに恵まれた環境にあるのである。今こそ、日本の機材メーカーとアーティストが一体となって、日本発のダンスミュージック・トラックを制作し、世界へ進出するときなのではないだろうか。最先端の日本の機材メーカーのテクノロジーを、世界で最も早く駆使できる日本人が制作するダンスミュージック・トラックは、世界を圧巻できるに違いない。世界中どこの国の、どこの都市の、どこのクラブに行っても、ハイクオリティな日本人が制作したダンスミュージックが聴ける。そのような状況に、日本の産業自体を移行させていく時代になってきた気がする。
今の日本の若者たちが、本当に自分のやりたいことをやり続けなければ、世界に受け入れられるものなどは作ることはできない。景気が悪いからといって、自分のやりたい仕事がないからといって、自分のやりたいことをやらなければ、みんながそうなってしまっては、日本全体の国力はさらに順位が下がり、状況はさらに悪化するだろう。景気が良くなるとは、今よりも日々の生活がハッピーになり、自分のやりたいことを仕事にしやすくなることを意味する。そのための一つの手段が、日本発の音楽というソフトの発信だと思う。もっともっと多くの日本人が日常的に音楽を作り、それを世界へ発信するような状況が必要なのではないだろうか。
音楽に需要が生じたとき、そのジャケットを作るデザイナーやフォトグラファー、エンジニアをはじめ、プロモーションビデオを作るための各種アーティストたちなど、実に、多くの需要も生まれてくる。こうして、アーティストを目指している若者たちに、多くの需要が訪れるわけだ。要するに、自分のやりたいことを仕事にすることができやすくなるということだ。今、やりたくない仕事をやっている若者たちに言いたい。自分のやりたいことだけをやってほしい。そして、それを追求していってほしい。そう、世界中の人たちが、それをほしがるぐらいに…!