ここ数年、20代の若者たちの労働時間が増えている。平日、5時や6時で仕事が終わり帰れる人というのはラッキーで、8時や9時、中には毎日ほぼ終電という人までいるのを、僕は結構、知っている。さらに、土曜日出勤当たり前、実質的に休みは週に一日だけなどという人も意外と多い。
1980年代後半のバブル時代から90年代のはじめまでは「アフターファイブ」という言葉があり、業種を問わず、みんな5時で仕事を終わらせ、その後、毎日のように友達と遊んでいたものだ。週休二日は当たり前で、中には週休三日という会社も結構あった。それが、バブルがはじけ、不景気時代に突入すると、モノの価値がどんどん下がり、いわゆるデフレ経済となってしまった。モノの価格がどんどん下がり、いろいろな商品が安く買えることはよいことだが、それは間接的に自分の収入も下がることを意味する。商品の価格が下がるがゆえに、その製作コストも下がり、全ての仕事の単価が下がっていく。会社は、それまでの利益を保とうとするため、低くなった単価の仕事をたくさんの量、受注せざるを得ない。そうすると、社員にとっては、給料は同じでも、安い単価の仕事を数多くこなさなければならなくなる。こうして、必然的に労働時間が長くなっているわけである。
特に、大変なのが、コンピュータ関連の仕事に就いている若者たちだろう。DTPやウェブサイト制作関連、ゲームやプログラミング関連の仕事は、特に労働時間の長さは驚異的だ。多くの若者たちは学生時代にコンピュータに関する知識を習得する。それを使って仕事をしようと考える。DTPやウェブサイト制作、ゲーム関連に関しては、デザイナーという肩書きで会社は人材の募集をする。いつの時代でもデザイナーという職業はなんとなくかっこいい。コンピュータを使ってデザイナーとして働くことに夢を抱いて、いざ働いてみると、前述のような社会的背景のため、異常に労働時間が長く、だんだんと気力がなくなってしまっていき、ついには体を壊してしまい、仕事をやめざるを得なくなってしまったというケースを僕は何十人も知っている。デザイナー志望の若者たちはいくらでもいて、会社としては、人は使い捨て、壊れたら、新しい人材を募集する。
このように、オフィスで働く人たちの労働時間が延びているため、さまざまなお店の営業時間も連鎖的に延びてきている。デパートは8時まで営業するようになってきているし、各種ショップも9時まで営業するところも増えてきた。「タワーレコード」などのCDストアは11時までやっている。使うほうの立場からしてみるととても便利だが、働くほうの立場に立ってみると、これまた、労働時間ばかりが延びているのである。渋谷では、ある時期、さまざまなお店がほぼいっせいに営業時間を延ばしたことがあった。仕事帰りの人たちに買い物をしやすくして売上を伸ばそうとしたからであったが、結果的には売上は逆に下がってしまったという。なぜなら、実際に多くの買い物を渋谷でする人たちというのは、渋谷で働いている販売員たちであったというのだ。その販売員たちの労働時間が増えたため、買い物ができなくなり、相対的に売上が減ってしまったのだ。
あるOLの友達がいる。平日は毎日8時すぎに会社を出る。買い物をする時間もないし、友達に会うにしてもちょっと遅い。帰りの電車の中で友達にメールを打ち、地元のコンビニで買い物をして帰る。意外と平日はお金を使わない。貯まったお金で、ルイ・ヴィトンのバッグなどの高級ブランドものを買ったり、まとまった休みに海外に旅行に行ったりする。これが今の典型的な20代の女の子のライフパターンなのではないだろうか。
あるクラブで、非常に興味深いリサーチが行なわれた。そのクラブでは、入場時にフライヤーを持参すると入場料が500円ディスカウントされる。また、そのクラブのウェブサイトをプリントアウトした用紙を持参しても同じく500円ディスカウントされる。数カ月の調査の結果、フライヤーを持ってくる人の割合は全体の1%以下で、ウェブサイトをプリントアウトした用紙を持ってくる人の割合が10%を超えているというのだ。これは、仕事の時間が長く、フライヤーさえも集める時間がなく、気軽なウェブサイトのプリントアウトを行なっているクラヴァーたちの様子がうかがえる事例であるといえる。
この不景気な時代、就職するだけでも大変で、やっと就職することができたら、今度は労働時間が長く、遊ぶ時間もない、ついには体を壊して、フリーターになるしかない、という悪循環に陥っている若者たちのいかに多いことか。これでは日本の景気はいつまでたっても良くはならない。それどころか、日本を良くしようという気力さえも失いつつあり、そんなことを考える心の余裕さえもなくなってしまっている気がする。ニュースなどでよく耳にする“デフレ・スパイラル”という言葉、日本は今まさにそのデフレ・スパイラルに陥ってしまっている。安いものをたくさん買えるが、ゆとりの時間がない生活を選ぶか、良いものを高い値段で買い、ゆとりの時間をたくさん持つ生活を選ぶか、これは日本国民全体が選ぶことだが、バブル時代の後者と、現在の前者、その両方を体験してきた僕にとっては、後者のほうが毎日ハッピーで楽しかった気がする。今は、平日、いっしょに遊ぶ友達の数が減ってしまったからね…!