「カフェブーム」という言葉が定着して久しい。しかし、ここ数カ月、僕のお気に入りのカフェが次々と閉店しており、何とも言えない気持ちに陥っている。
僕は、平日の昼間の多くの時間を、表参道近くのいくつかのカフェで過ごしていた。表参道の並木から射し込む太陽の光と、心地よい風をあびながら、オープンテラスでお茶をしている午後のひとときは、何とも言えない至福の時間である。ブームだろうが、なんだろうが、気持ちがよいものは、気持ちがよい。
そのカフェブームの発祥地ともいうべき表参道のカフェが次々と姿を消している。深夜4時まで営業していて、クラブの行き帰りに非常に重宝していた、フォー(ベトナム風きしめん)がおいしかった、アジアンデザートカフェ「デザートカンパニー」、その上の階にあった、靴を脱いでソファーでくつろげる「ラウンジ」、本場パリの文豪たちがたむろしていた「カフェ・ド・フロール」表参道店、80年代初期から東京の文化の歴史を築いてきた、フラワーショップを入り口に構える「スタジオVカフェ」の跡を継いだ「カフェ・ルカ」、1981年にオープンした老舗中の老舗「カフェ・ド・ロペ」、そして、さまざまなイベントとの融合を図っていた「マスターワークス・カフェ」等々…、その他にも数えられないほどのカフェがここ数カ月で閉店してしまっている。
そんな折り、コンビニで、一冊の雑誌の衝撃的なタイトルが目に飛び込んできた。「カフェブーム終了宣言!!」。カフェブームの終了を宣言するような重要な事態でも起こったのだろうかと目を疑った。それは、イマジカが発行している「ARIgATT」(アリガット!)というフード雑誌。結構、いろいろなコンビニで売っていたから、目にした人も多いと思う。この雑誌では、「未成熟から成熟の時代へ向かう現場リポート」と題して、14件のカフェの事例を紹介している。そして、驚いたことに、僕のお気に入りだった、あの「デザートカンパニー」の閉店の理由も掲載されていた。一言で言うと「経営難」。あれだけ、いろいろな雑誌などに取り上げられ、話題になっていて、客も入っていたように見えていたのに、閉店の理由が「経営難」だったなんて…。僕はショックを隠しきれなかった。しかし、今、考えてみると、確かに休日はいつも満席だったが、平日はかなり空いていた(だから、平日の昼間、よく利用していたのだが!)。
店商売の基本は「客単価×来客数=売り上げ」。しかし、昨今のカフェブームの基本は「居心地のよい空間」。長居しても疲れないような、ゆったりとしたソファーや座り心地のよいチェアーを置き、低価格でおいしいメニューを提供する…、これはそのまま「経営難」への道に他ならない。当然、客が店にいる時間が長くなり、客の回転率が悪くなる。インテリアに莫大なコストをかける。立地条件がよいため、家賃が高い。おいしいメニューの提供のため、素材にこだわり、メニュー単価と原材料単価のバランスがとれていない。さらに、いつも混んでいるカフェは敬遠される。なぜなら、客の多くが「居心地のよさ」を求めてカフェに来るからだ。空いていることも大事な要素の一つであり、しかも、「居心地のよさ」を“売り”にした「居心地のよい」カフェで、それを求めてきた客は当然、長居をする(順番待ちでもしようものなら、どれぐらいの時間待たされるかわかったものではない!)。カフェが商売にならない理由はいくらでもある。というより、「居心地のよい空間」というコンセプト自体が店商売として成り立たない、元来、両立することが困難な、相容れない概念なのである。客として利用する側にとっては、この上ない空間だが、経営する側からすると“火の車”となってしまうのである。
さらに「ARIgATT」には、「デザートカンパニー」の店長が、店をオープンさせて3年、次第に経営が苦しくなっていき、従業員の“首”を切らなければならない状況に追い込まれ、どの従業員を選ぶかという究極の選択に迫られたときが、最も辛かったということも掲載されていた。ずっと共に店を支えてきたファミリーの“首”を切る。これほど辛いことはないだろうと心から思う。やはり現実は厳しい。
1980年代初頭、原宿・表参道周辺には、前述した「スタジオVカフェ」や「カフェ・ド・ロペ」などが“おしゃれなカフェ”として登場し、人気を博した。1994年、表参道の「カフェ・デ・プレ」、原宿の「オーバカナル・カフェ」といったオープンテラスのカフェがオープンし、そのスタイルのカフェが急増した。その後、1990年代後半、中目黒の「オーガニックカフェ」、裏原宿の「go go カフェ」、そして「ロータス」など、現在の流れのカフェの源流が登場し、史上空前のカフェブームが到来した。今や、日本全国、どこの街でもカフェが溢れている。しかし、実は、そのカフェの多くを経営しているのは、外食業経験の薄い、半ば素人の人たちといっていいだろう。柔軟な発想と行動、「こんな店が欲しい…」という強い欲求、そして“がんばり”だけでカフェ経営を始めてしまうのだが、実は、そんな当たり前のことを持続するのが難しい。日本中に浸透しているカフェだが、その多くの素人経営者の人たちは「経営難」にあえいでいるのだ。自分でカフェを始めようという素晴らしい情熱は何ものにもかえられない。にもかかわらず、それがビジネスにつながっていないという現実は、何とも悲しいものだ。
しかし実際、ビジネスとして成立し、成功しているカフェも、事実、ある。例えば、前述した「オーバカナル・カフェ」、表参道の「アニバーサリー・カフェ」、原宿のベーカリーカフェ「632」等々…。いずれも、ビジネスとして成り立っており、さらに店舗数も拡大している。他の多くの「経営難」のカフェとは何が違うのだろうか。「オーバカナル・カフェ」や「632」はカフェの他に、焼きたてのパンを販売しており、それを目当てで来る客も非常に多い。パンを買いに来たついでにカフェに寄るという構図が成り立っている。カフェに来たついでにパンを買っていく客も当然いる。「アニバーサリー・カフェ」は結婚式ができるチャペルがあったり、ブライダル商品も扱っており、さらに、レストランも併設している。婚礼関連で立ち寄った客の多くが「アニバーサリー・カフェ」でお茶をしていく。一般客に頼らなくても、手堅い客を確保している。「オーバカナル・カフェ」もレストラン併設。「632」は、階上がレンタルスペースになっており、セミナーやさまざまなイベントに使われている。このように、成功しているカフェは、カフェ単体のみの営業ではなく、「複合的な展開」をしているのだ。前述した「スタジオVカフェ」や「カフェ・ド・ロペ」と同時期からオープンしている表参道の裏にある「アペティート」は、本来がベーカリーショップで、お茶を飲めたり、買ったパンを店内で食べられるカフェスペース&オープンテラスがある。まさに、パンを買いに来た“ついで”にお茶をしていく、ビジネスとして成功している好例だろう。
志と情熱を持った多くの若者たちがカフェを始めている。せっかく始めるのならば、やはり、ビジネスとして成り立たなければならない。その情熱を無駄にしてほしくはないと思う。カフェ単体としての営業が難しいのだとすれば、例えば、まず、おいしいパンをつくる修行をする、誰にも負けない日本一、いや世界一のパンを自分で開発する、そして、そのパンを販売し、それと併設してカフェを設ける。おそらく、カフェがビジネスとして成立する営業の仕方はこうなのだろうと思う。客に「居心地のよい空間」を提供しようと思うのなら、そのようなビジネスとしては効率の悪い商売をしても、別のところで、ちゃんとビジネスできている状況を自ら作っていくことが重要ではないだろうか。僕も、カフェ大好き人間の一人として、そういうカフェが一つでも多くあってほしいと思う。ここ最近、お気に入りのカフェが次々となくなってしまって、大変困っている僕の行き場を是非、作って下さいッ!と切に願っている今日この頃なのである。