第29回
パリ発の一大ムーブメント「フーディング」と、東京へのその影響


ここ数年、パリですっかり定着した、新しい文化、それが「フーディング」だ。「Fooding」とは、「Food」と「Feeling」から成る造語で、「フィーリング」をもって食事をする、つまり、インテリアやBGMでの演出など、周辺の環境も含め、総合的に料理を楽しもうとするスタイルのこと。一階がレストランやカフェとなっていて、地下に降りるとクラブになっているというスタイルのスペースがパリに続々とオープンしている。フーディングの一つのスタイルとして、一階のレストランでゆっくり食事をしてから、地下のクラブで朝まで踊るという形がある。
このミックスド・カルチャーのポイントはレストラン。3つ星級の高級レストランから有名シェフを引き抜いて、そのスペースのシェフに抜擢させたりしているのだ。フーディングを爆発的な人気に押し上げた一つの要因は、フルーツテイストの料理の数々。オレンジやキュウイ、はたまたスイカなどの味付けを魚に施したり、海鮮中心のベルギー料理に、カレー風味のインド味をミックスさせたり、まさに“地球料理”とも呼ぶべき、今まで口にしたことのない全く新しい味が次々と提案された。すっかりこの味の虜のなった若者から、舌の肥えた大人のパリジャンに至るまで、フーディングは大ブームとなっているのである。
一階でこのような、舌のとろけるような食事を満喫した後は、地下のクラブスペースで思う存分、踊りまくる。確かにこれは楽しいだろうなぁと思う。このフーディングの大人気により、ダフトパンクやボスコなどのフレンチ・クラブ・ミュージック、いわゆるフィルターハウスやファンキーハウスが大ヒット、今や世界中にフレンチブームを巻き起こしているわけだ。
パリでその草分け的存在なのが、「ブッダ・バー」というスペース。70年代のパリのクラブシーンの仕掛け人として有名なクロード・シャルルがプロデュース。レストランはもちろん、クラブスペースでも斬新なDJを多く起用し、フレンチスタイルを確立させ、「ブッダ・バー」レーベルのコンピレーションCDをシリーズ化。これが今や世界中で、飛ぶように売れていて、大ヒットしている。
その凄腕プロデューサー、クロード・シャルルが新しくオープンさせたスペースが「NIRVANA」。やはり、一階がカフェ、バー、レストラン、そして地下がライブも入るクラブスペースとなっている。何といっても話題となっているのは、あのパリの超有名ホテル「リッツ」の総料理長モーリス・ギルエットを引き抜き、シェフに抜擢したこと。誰もが唸る世界の味を提供してくれるだろう。そして、もう一つ特筆すべきことはその内装。エスニックなタフタやモザイクがふんだんに使われたキッチュともいえるインディアン・ポップな内装に、フィリップ・スタルクやKNOLLといったモダンデザインの椅子が散りばめられている。
フーディングの代表的なスペース「Dedecase Café」はシャネルがサポートしているなど、フーディングは実は、フードとクラブ(音楽)とインテリアが融合しているだけでなく、それにファッションさえもミックスしていることにも大きな特徴がある。多くのパリジャンたちは、フーディングを楽しむためにおしゃれをしていくのだ。日本やU.S.、U.K.をはじめ、世界中のクラヴァーたちがTシャツにジーンズといった踊りやすいファッションでクラブに繰り出すのに対して、パリでの主流であるフーディングはまず、レストランでゆっくり本格的な食事を楽しむというところから始まるため、自然と格好もそれなりのものになってくる。クリスチャン・ディオールのデザイナー、ジョン・ガリアーノや、ルイ・ヴィトンのデザイナー、マーク・ジェイコブスなどのアイテムはもちろん、ベルギーのアントワープ王立アカデミー出身の新鋭デザイナー、A.F.ヴァンデフォルストやアン・デュムルメステールなどのアイテムも大人気。日本のジュンヤ・ワタナベの芸術的なデニム・シリーズもこの春には大ヒットした。このように、フード(食)、クラブ(音楽)、インテリア(内装)、そしてファッションが融合した「フーディング」は、ダイナミックな動きとなり、パリを活性化させている。その経済的効果は計り知れず、それは当然のように、全世界へと飛び火して、一大ムーブメントとなっている。
日本でも、そのスタイルをいち早く取り入れたのが、昨年、秋にオープンした代官山の「AIR」だったろう。一階がカフェで、地下一階がギャラリースペース、そして地下二階がクラブスペースとなっている。ロジャー・サンチェスが来日してDJプレイするなど、パリ風味のフィルターハウスを紹介したりしている。そして本格的なフーディング・スタイルのスペースが5月に渋谷のスペイン坂下にオープンした。パリでも人気があるフーディングの代名詞的存在「La Fabrique」の東京店である。フランスのクラブシーンをリードする、フレンチ・タッチと呼ばれるディープハウスやテックハウスを駆使するジュルズが来日してDJプレイするなど、本場の雰囲気を伝えている。
しかし、日本では、この「フーディング」というスタイル、まだまだ、浸透していないのが現状。ましてや、パリのように大きなうねりにはなっていない。だが、日本でもパリのような新しいミックスド・カルチャーが生まれるような下地はある。例えば、ここ数年のダイニングバー・ブームには目を見張るものがある。緻密にデザインされた内装とインテリアに、一流料理人が繰り広げる創作和風料理の数々。日本のどこをみても、景気が低迷している中、ダイニングバーだけは次々と新しいお店がオープンしているにもかかわらず、どこも連日満員だ。そのダイニングバーの代名詞ともいえる恵比寿の「AOYUZU」や、代官山の「AFRICA」などでは定期的にクラブパーティが催されている。これがまた、開催されるたびに超満員となってしまうのである。パリのスタイルとはちょっと違うが、東京のダイニングバーとクラブが融合したような新しい独自のスタイルが生まれつつあるのだろうか。六本木の「燈花」や、代官山の「AFRICA」などのモダンデザインのダイニングバーの多くをプロデュースし、今のダイニングバー・ブームの火付け役として著名な、㈱サンワールドの中村航取締役は次のように話している。
「日本では、90年代の職人ブームで、多くの若い優秀な料理人たちが育ちました。しかし、今の時代、おいしい、味がいいだけではもう話題になりづらいし、お客さんも集まりづらい。今、お客さんたちの欲求は、おいしいものを居心地の良い空間で食べたいというものに進化してきました。そこで、私たちは内装やインテリア、BGMや照明などを駆使して、食空間そのものを演出しているのです。そこまでのことは、一人の料理職人さんが扱える範囲ではありません。音楽や映画にプロデューサーがいるように、飲食の店舗にもプロデューサーが必要な時代になってきたのです。これからは、ダイニングバーにブランド力をつけて、コンピレーションCDを発売したりして、クラブ的要素を取り入れていったり、ファッションや映画、映像ともコラボレーションしていきたいですね」。
パリで起こった一大ムーブメント「フーディング」の定義が、インテリアやBGMの演出など、周辺の環境も含め、総合的に料理を楽しもうとするスタイル、いわゆる「フィーリング」をもって食事をすることなのだとすれば、今、日本で起ころうとしているダイニングバー+α(クラブやファッション、映像など)のスタイルも十分、フーディングのカテゴリーの中に入るし、東京発の新しいフーディング・スタイルともいえるのではないだろうか。既存のクラブという概念を大きく超えた、この新しいフーディング・スタイル、ここ最近なかった新しい楽しみ、新しいムーブメントとして期待させてくれる、何かワクワクするものを感じるのだが…!