第30回
バックアップレース・キャミソールと女性解放運動


背中が大きく開き、ひもを編み上げたバックレースアップ・キャミソールを着た女のコ。以前からクラブでは、よく見かけていたが、この夏は、電車の中で、街中で、ふつうに着ている女のコたちをよく見かけるようになった。背中が大きく開いているので、当然、ブラジャーをすることはできない。ノーブラなわけだ。実は、今年の夏は、僕の周りの女のコの友達たちも急に、このバックアップレース・キャミソールを、クラブだけでなく、ふだん街中で着るようになった。知らない、通りすがりの女のコが着ていると、「ドキッ」として、思わずふりかえってしまうが、不思議なもので、そばにいる友達が着ていても、「ドキッ」とは感じないものだ。
それまで、どちらかというとカジュアルだった女のコの夏のファッションが、ちょうど10年前、1992年、93年あたりから、カジュアル&セクシー路線になってきたのをおぼえている。1992年にデルカジ(モデル・カジュアル!死後!)が流行した際に、定番アイテムとなったのが“チビT”だった。当時は、胸が強調されるチビTでも、十分にセクシーだった。しかし、1997年の夏、一気にキャミソールがそれに代わって台頭した。96年以前にもキャミソールはあったが、それ一枚で着るには抵抗があったのか、下にTシャツを着て、その上にキャミソールを着たりしていたものだ。実は、キャミソールが台頭するには、ブラジャーの進化が必要だった。まず、見せるブラジャーが提案され、カラーバリエーションが増え、肩ひものストラップがはずせたり、他のカラーととりかえたりすることができるものが登場したり、さらには肩のストラップがなく、胸を下から支える型のものも現れた。これで、女のコたちは安心してキャミソールを着て、肩をおもいっきり見せることができるようになった。
しかし、今年の夏、ついに、今までのブラジャーの進化を根底から否定するような、バックアップレース・キャミソールが大流行している。これを着るには、もうブラジャーは必要ない。
このバックアップレース・キャミソール、実は、ヨーロッパでは1998年から、流行を通り越し、すでに定番となっている。それには理由がある。19世紀、ヨーロッパの女性たちはみな、コルセットをつけていた。ところが、20世紀を目前にした1890年代後半、女性解放の気運が高まり、その一環として、きゅうくつなコルセットをはずして自由になろうという社会的な行動が起こった。それによって、20世紀にはコルセットをした女性はいなくなった。それからちょうど100年後の1990年代後半、今度はさらなる女性解放として、きゅうくつなブラジャーをはずして開放的になろう!自然体に戻ろう!という運動が起こった。それに多くのファッションデザイナーたちも賛同し、「私はブラジャーをしていません!」という主張をする、バックアップレース・キャミソールなどを次々と提案・発表していき、ファッション誌をはじめ、多くのメディアも、ブラジャーをつけていないことを強調するようなビジュアルを発表するようになっていった。
この運動の背景には、もう一つ大きな運動との連動があった。それが「セルフ・エスティーム」運動である。これは、女性がありのままの自分、自然体な自分が最も美しいことを主張する運動である。1990年代、スーパーモデルがブームとなり、世界中の女性たちがスーパーモデルのような体型にあこがれ、過度なダイエットにより体を壊したり、精神的に病んでいくということが、世界中のいたるところで起こった。女性の本当の美しさは、スーパーモデルのような体型だけにあるのではなく、「生き生きとした、充実した心こそが、女性を美しく見せる」というのが、セルフ・エスティーム運動の根幹である。この運動のマスコット・キャラクター「ルビィちゃん」は、顔はバービー人形のようにかわいいのだが、体はまるでミシュランのキャラクターようにボテッとしている、それでも、なんとも愛嬌のあるGOODキャラクターだ。「スーパーモデルやバービーのような体型ではないけれども、心が美しければ、その女性は美しい」ということをルビィちゃんは主張している。1998年当時、日本でも「ザ・ボディショップ」をはじめ、いくつかのヨーロッパ系の企業がルビィちゃんを使ったセルフ・エスティーム・キャンペーンを実施したが、それほど大きなムーブメントにはならなかった。ヨーロッパでは、女性の体の解放という意味でキャミソール(下着)が流行り、みな、ブラジャーをはずしたのに対して、日本ではキャミソールを安心して着るために、よりブラジャーが進歩してしまったわけだ。
クラブで、僕は、ヨーロッパの女のコたちから、「日本の女のコたちはなんでキャミソールの下にブラつけてるの?」と質問されたことが何度かあった。僕は何も答えられなかったが、今、こうしてその理由を整理してみると、改めて、日本の感覚は世界標準からズレていることに気づく。その質問をしたヨーロッパの女のコたちは、もうすでにセルフ・エスティーム運動が生活の一部になっているのだろう。ブラジャーをしないということ一つとってみても、日本は4年ぐらい遅れているということか。それでも、日本の女性の解放も、だんだんと進んでいるわけで、それこそ、15年ぐらい前には女性はガードルをはいていたし、それ以前には、シミーズなんかも着ていたのである。その頃から比べれば、日本の女のコたちも開放的になってきたといえる。そうでなくても、男性よりは圧倒的に、社会的、精神的、身体的ストレスが多い女のコたち。せめて、ファッションぐらいはストレスにしばられず、自由であってほしいものだ。
バックアップレース・キャミソールを着てクラブに遊びに来ていた、ある女のコの友達は言っていた。「胸大きいから、ブラしないと踊りづらいっ!」。女性解放というスローガンは、新たな、このようなストレスを生んでしまったようだ!