第36回
自分しかつくれない一曲が世界を変える!


21世紀に入ってから、もうすでに3年目に突入した今年2003年も早くも4分の1が過ぎようとしている。日本のクラブシーンに目を向けると、ディープハウス、プログレッシヴハウス、テクノ、トランスなど、数多くのジャンルのシーンが盛り上がっている。世界のクラブシーンの流れでは、1999年に、まさにミレニアム仕様のエピックトランスが地球規模の一大ムーブメントとなり、全世界を圧巻した。その流れで、2000年にはプログレッシヴハウスが隆盛を極め、今は未だその余韻にひたっているというところか。日本では、約1年遅れて2000年にエピックトランスが大ブレイク。翌年の2001年から世界潮流と等しいプログレッシヴハウスがクラブシーンのメインストリームとして定着しているといっていいだろう。
この流れが大きなムーブメントとしては最も新しいとすると、実は、もうすでに4年間、新しい大きなジャンルのシーンが育っていないということもいえる。この間、2ステップやNuスクール・ブレイクビーツなど、シーンとして確立しそうなジャンルは多々あったが、どれも定着とまでは至っていない。
これ、実は日本だけではなく、世界的な流れでもあるのだ。エピックトランスとプログレッシヴハウスの隆盛は、テクノやディープハウスなど、さまざまなジャンルを自ら融合させつつ、進化させてきた。その結果、今は、新しいジャンルが勢いよく飛び出してくるのを、世界中が待ちわびているのである。この間、世界中の、まさにアンダーグラウンドでは、ダンスミュージックのエクスペリメント(実験)が繰り返されている。実はこういう時期に、地道に、新しいスタイルを構築するような、斬新なダンスミュージックを生み出す努力をしている人が、数年後、世界的に大ブレイクするチャンスをにぎっているのだといえる。
例えば、デトロイトテクノの創始者、デリック・メイは、1980年代中期、世の中がHIP HOPやニューウェーブに夢中になっていた時期に、ホアン・アトキンスからエレクトロを学び、ひたすら、機材を駆使し、自分が求める音を探求していた。そうして、1987年に世に生み出されたのが、かの名曲「ストリングス・オブ・ライフ」だ。地元デトロイトでは全く評価されなかったが、ちょうどその当時、レイヴ・ムーブメント「セカンド・サマー・オブ・ラブ」が花開いていたU.K.で、絶大的に受け入れられ、一晩のうちに、「ストリングス・オブ・ライフ」が多くかかるクラブやレイヴに、クラヴァーやレイヴァーは大挙して押し寄せたのである。
1995年に、ベルギーのテクノレーベルR&Sからデビューしたケン・イシイもそうだ。1990年代前期の日本のクラブシーンといえば、ハウスシーンが一段落し、アシッドジャズやフリーソウルが一大ムーブメントとしてメインストリームになっていた時代。そんな時代に、彼は地道に音づくりを追求し続けていた。そして、R&Sに送った一本のデモテープが採用され、世界デビューするや、一躍、スターダムにのし上がった。ちょうどその頃、日本でもようやく本格的なテクノ・ムーブメントが確立されようとしていた時期で、ケン・イシイの世界進出は、多くの日本人のクラヴァーたちの心の支えとなり、日本人としての誇りを持つことにもつながった。
ドラム&ベースの第一人者、L.T.J.ブケムは1990年当時、レイヴ・ムーブメント「セカンド・サマー・オブ・ラブ」の末期、レイヴに通う一人のレイヴァーだった。当時、主流だったハードコアやアシッドハウス、高速のブレイクビーツにはまっていた。1990年のある日、レイヴからの帰り、彼は、仲間たち数人と、友人のうちへ転がり込み、一つの部屋で仲間たちはすっかり眠り込んでしまった。L.T.J.ブケムは、その友人の部屋にあった、曲づくりのための機材を見つけ、一人でいじり始めた。まともに機材をいじるのは初めてだった。しかし、彼はいつかは自分も曲をつくって、自分のつくった曲でDJをしてみたいと思っていた。音づくりに没頭して6時間。初めて完成させた曲が、なんと、ドラム&ベースの歴史的金字塔としての、名曲中の名曲である「デモンズ・テーマ」だった。この曲がなければ、今のドラム&ベースはなかったと言っても過言ではないぐらい、世界中にインパクトを与えた曲だ。
今から16年前の1987年という時代に、「ストリングス・オブ・ライフ」という名曲を生み出したデリック・メイも偉大だが、そのわずか3年後に、あの複雑なリズムとビートを奏でるドラム&ベースの基礎となる「デモンズ・テーマ」を生み出したL.T.J.ブケムも、さらに偉大だといえるだろう。
その当時、名もなき一人の若者が生み出した一曲のトラックが、大いなる力を持ち、世界中に飛び火し、新しいダンスミュージックのシーンをつくり出す。それは地球中の多くの人たちのライフスタイルや価値観、さらに、人生までも変えていく。まさに、一曲の偉大なトラックはそれだけで、世界を変えられるだけのパワーを持っているのだ。今あるシーンのジャンルの中の一曲をつくっていくことも大事だが、自分が今まで影響を受けてきた愛すべき音楽を、自分の中で再解釈し、自分にしかつくれない音を生み出すこと。まさに今、そのエクスペリメント(実験)とサプライズ(驚き)を、世の中は待っている。ダンスミュージックの一大ムーブメントが膠着状態に入り、新しいものの登場を待っているこのような時期にこそ、自分にしかつくれない音を追求し、そして、生み出すことができれば、それを世界中のダンスミュージック・シーンは迎えてくれるに違いない。今度こそ、日本から、世界を圧巻する新しいダンスミュージックのジャンルが生まれ出ることを期待しているのだが…!