第68回
転換期の日本の課題 その2
“人を育てる”社会から、“人を殺す”社会へ


今、20代の若者たちの夜は忙しい。とても、クラブで遊ぶ余裕などはない。何に忙しいのかといえば、仕事に追われて忙しい。平日の夜は、ほぼ毎日が残業。そんな、20代の若者たちが急増している。今までは、まだまだ会社の重要なポジションを任せられなかった20代に、今、大きなノルマを与えている職場が増えている。これは、正社員に限らない。契約社員も、派遣社員も、はたまた、アルバイトであっても、そのような状態が、実に多く見られる。
1980年代後半のバブル景気の崩壊後、日本の経済は“空白の10年”と呼ばれる長期の不景気時代に突入した。そこから脱出するために、日本のあらゆる企業はリストラを繰り返した。特に、人件費を削減するために40代、50代の中間管理職層を、各企業はこぞってリストラした。その結果、一部の企業役員と、30代、20代の若手社員のみが残った。それまで、40代、50代のベテラン社員の指導のもとに行ってきた仕事を、今度は30代、20代の若手社員を中心に、契約社員や派遣社員と共に、こなさなくてはならなくなった。当然、仕事量、労働時間共に倍増し、18時や19時には帰ることはできず、22時、23時まで残業しなくてはならなくなった。仕事帰りに友人と会うこともできず、洋服やCDを買いに行くこともできない。そればかりか、夕食さえも、ろくに食べることができない。帰宅途中、コンビニに立ち寄って、雑誌を立ち読みし、お弁当を買って帰り、うちで食べるのがやっとという状態の若者たちが、いかに多いことか。とにかく、みんな、心身共に疲れ果てている。
ここ数年、このリストラ戦略をはじめ、さまざまな対策によって、大企業を中心に日本の景気はかなり回復してきているといわれている。しかし、この景気の回復もかなり、ゆがんだ形の回復だといえる。なぜなら、この景気の回復によって、みんなが幸せになってきているかといえば、決して、そうはなっていないからである。会社にとって、最も給与の金額の高かった40代、50代をリストラした結果、30代、20代に今までよりも高い給与を支払えるようになった(その給与の増えた分、それよりも何倍もの労働を強いられるようになったわけだが…)。収入は増えたが、その分、今度はお金を使う時間と、心の余裕がなくなった(その結果、インターネットでの買い物が増えているわけだが…)。自分の自由な時間がない、友達と会う時間がない、遊びに行く時間と体と心の余裕がない、こんな状態で幸せといえるだろうか。景気は回復してきていて、収入が増えた若者たち…、 しかし、それは決して幸せな状態とはいえないのではないだろうか。あまりにも会社の仕事が忙しいために、遂には、過労のため、体を壊して、会社を辞めざるを得ない若者たち、あまりにも、会社から与えられたノルマが大き過ぎ、そのプレッシャーのあまり、精神的な病になってしまい、会社を辞めざるを得ない若者たち…。今、このような若者たちが、物凄い勢いで急増している。企業は、それでも、新しい募集をすれば、社員になりたい若者たちは次々と応募してくるから、“壊れてしまった”若者たちは、まさに“履き捨て”状態で会社を辞めさせられる。
今まで、日本の企業は若者たちを一人前な立派な社員に育てるために、長い時間をかけて教育してきた。日本の社会は“人を育てる”社会だったはずだが、今では、若者たちを“使い捨て”する、“人を殺す”社会に変貌してきている。今、大企業から日本の景気は回復してきている。しかし、その裏には、このような悲惨な現状があるのだ。今後、景気の回復は、大企業から中小企業へと降りてくるだろう。そのときに、今の大企業で働かされている若者たちの状況が、そのまま、中小企業の若者たちにまで蔓延してきたら、それこそ、大変なことになる。日本の社会構造がメチャクチャに崩壊してしまうだろう。
果たして、このままの状態でよいのだろうか。「転換期の日本の課題」、次号も、さらに、さまざまな問題について考えてみたいと思う。