第70回
転換期の日本の課題 その4
拡大する精神的な病


ここ最近、僕のまわりで、うつ病、パニック障害、接触障害など、精神的な病になってしまっている友人が急増している。僕のまわりだけで、数人という単位ではなく、数十人という規模で増えているのだ。
その人たちの症状で典型的なのは、まず、電車に乗れなくなってしまうということ。特に、満員電車のあの閉塞感に反応してしまうのだ。閉塞状態を感じてしまうと発作が出る。その発作の症状は個人個人によって違うが、吐き気をもよおしてしまう人もいれば、腹痛や頭痛になってしまう人、心臓の心拍数が急増してしまう人、もしくは、何の前触れもなく突然、倒れてしまう人もいる。どうしても、電車に乗らなければならない場合は各駅停車に乗り、各駅ごとに降りながら、目的地に向かうことになる。このような状態であれば、通勤、通学なども困難になってしまい、遂には、会社や学校を辞めざるを得ないことになってしまう。
閉塞状態に反応してしまうのは電車だけではない。車の中やエレベーターの中でさえ、発作を起こしてしまう人も少なくない。このような症状は、パニック障害の人に多くみられる。問題なのは、このような状態では、病院に行くことさえも困難になってしまうという点である。
国のある機関の調査によると、大手企業の就労者における精神的な病で通院、もしくはカウンセリングを受けている人の割合は、なんと、7.6%だそうだ。社員数1万人の企業につき、760人の精神的な病で悩んでいる社員がいるということになる。これは、驚くべき数字である。どうりで、僕のまわりの、特に、大企業に勤めている友人たちが、次々と精神的に“こわれて”いってしまうわけである。
このような状況になってしまったのには、原因がある。1980年代後半のバブル景気の崩壊後、日本の経済は“空白の10年”と呼ばれる長期の不景気時代に突入した。そこから脱出するために、日本のあらゆる企業はリストラを繰り返した。特に、人件費を削減するために40代、50代の中間管理職層を、各企業はこぞってリストラした。その結果、一部の企業役員と、30代、20代の若手社員のみが残った。当然、仕事量、労働時間共に倍増し、18時や19時には帰ることはできず、仕事が終わるまで残業しなくてはならなくなった。20代、30代の若手社員に過度な仕事量的、売上額的ノルマが課せられるようになってきたのである。「今年度は5,000万円、来年度は1億円の売上を達成すること!!」というノルマを個人が義務づけられているのである。
実は、精神的な病になってしまう人には一つ、大きな特徴がある。まじめなのである。与えられた仕事をきちんとこなそうとする、完璧主義な人が精神的な病になってしまうことが多いのである。会社から課せられたノルマをきちんとこなそうとして、自分に厳しく、自分を追い込み、自分の時間、睡眠時間を削り、“仕事人間”になってしまう…。このような人が精神的な病になってしまうのである。
それには、一つ、目安があるらしい。1カ月の仕事の残業時間が200時間を超えると、途端に精神と体のバランスが崩れてしまうのである。200時間の残業というと想像が難しいが、例えば、通常の勤務時間9時から5時までの他に、夜中の3時まで働き、帰宅して、3時間寝て、再び、ふつうに出社して仕事をするという生活を1カ月続けるというサイクルである。「そんなに働けない!!」と思うのがふつうであるはずなのだが、このような生活を送っている人が、実際には、実に多いのである。現実に、僕のまわりの精神的な病になってしまった友人たちの多くが、このような生活の末、精神と体をこわしてしまったのである。
今、日本経済において、景気が回復してきているといわれている。しかし、その背景には、このように、過剰なまでに労働を強いられ、精神的な病になってしまっている人たちが、およそ100人に8人はいるという現実がある。このままでは、日本は大変なことになってしまうという危機感を強く抱かざるを得ない。
「転換期の日本の課題」、次号もさらにさまざまな問題について考えてみたいと思う。